カワイRX-1のタッチウエイトマネジメント

カワイ RX-1 グランドピアノ
カワイRX-1をご使用中のお客様から
重たい鍵盤を軽くすることが出来ると知ったので作業して欲しい旨のメールを頂戴し
アクションをお預かりしました。

このところカワイのグランドピアノをお使いの方からの依頼が増えてます。

アクションをピックアップするより以前に
一度「調律」にお伺いして、状態を確認させて頂きました。
低音セクション、中音セクションではBW45g以上とかなり重く
次高音、最高音ではBW37.5g前後でさほど重くありません。
但し次高音と最高音のBW37.5gは
これが理にかなっているかはまだ分かりません。
全体にタッチが重い事に加え、後付けで消音ユニットを付けていて
レットオフが8mm前後とかなり広めになっている為に
ジャックの脱進量が異常に大きく、ジャックストップフェルトを押し付けて
おかしなタッチ感になっているので
重いタッチウエイトと相まって余計に弾きにくい印象です。

お預かりしたアクションを
「中村式タッチウエイトマネジメント
(Yuji Nakamura “Touchweight Management”)を利用して
標準的な重さに調整していきます。

 

 

フレンジの取付けが上下逆
作業に入る前に...
以前誰かがスティック修理の為にシャンクフレンジのセンターピン交換をしたようなのですが
1ヶ所フレンジを上下逆に取付けていてドロップスクリューが上下反転していました。

 

センターピン交換
上下正しい位置に直そうとセンターピンを抜いたところ
入っていたセンターピンは挿入側の細い部分を通過させずに
フレンジ内にとどめてセットされていました。
写真で確認出来るセンターピンはセットされていたピンです。
センターピンの右側に挿入部分が確認出来ます。
当然トルクは無くスカスカでしたので
フレンジの上下を正しい向きにしてセンターピンを交換し
適正トルクに調整しておきました。

 

サンプル音での平衡等式
現状のデータ採集を済ませ平衡等式を作成します。
データ採集は、「フリクション関連項目」「スタンウッドシステム関連」、
慣性モーメント値も変更したいので「慣性モーメント関連」の全てを行いました。

BWは低音では45g以上もあって弾けない重さ、
中音のBWは37.5gと41.5gで標準と重めが混在、
次高音は37.5gで標準です。

C4(40key)を3要素関連票で確認してみると
HSWが指標8で、SRが6.5であるならば
BWは47gになるとあります。
ところが実際のC4(40key)のBWは41.5gなので
鍵盤鉛を多く入れてBW41.5gにしているという事になります。
結果FWはシーリング値を超える33.8gになっています。

Fは鍵盤によってかなり大きいものもあり、全域で大きめです。

FWは低音はシーリング値マイナスですが、中音と高音はシーリング値を超えています。

KRは最低音が0.50、その他は0.51。

HSWは低音が指標6から指標7.5で軽め、
中音が指標8で、高音が指標10と重め。

SRは6.3から6.6で高めの傾向です。

6mm治具で測定したARは低音が5.5、中音5.3、高音、5.7でした。

 

オリジナルのHSWスマートチャート
オリジナルのHSWチャートを作成します。
K社に多い傾向で低音が指標6から指標7.5で軽く、
中音は指標8から指標9に多くが分布して
次高音は指標9から指標11の間で重め、
最高音は指標8から指標9付近でした。
この分布から現実的に調整可能なのは
低音を指標7から少しずつ重くしていき
中音で指標8、次高音にかけて指標9に上げていき
最高音も指標9でそのまま滑らかに続いていく感じに
仕上げるのが無難と判断しました。

 

平衡等式を利用して事前シミュレーション
オリジナルC4(40key)の事前シミュレーションです。

一段目はオリジナル状態の平衡等式です。
【2段目 HSW増減量】
先のオリジナルHSWチャートから中音は指標8に調整する事にしましたので
このキーのHSWは何もせずこのまま10.0g(#8)。

【3段目 SR削減】
次にバランスパンチングの半カットを利用してSRが0.4下がることを想定し
HSW10.0  × SR0.4 でBWは41.5gから4g下がるのでBW37.5gに。

【4段目 SR削減】
さらにもう一段階SRを下げるためにウイペンヒールへのシムの挿入を利用して
SRが0.4程度下がると見込んで、BWを37.5gから33.5gまで下げます。
6.5と高めだったSRはこの時点で5.7まで下がりました。

【5段目 BW基準の鍵盤鉛調整】
軽くなり過ぎたBWを標準的な重さに調整するために
最後にBW基準の鍵盤鉛調整を行います。
BWを38.5gにするとFWは28.5gになり
FWはシーリング値マイナス1.5gで
BWは38.5gと標準的な重さになり
実用的に弾けるタッチのピアノに出来そうです。
SRが5.7である事で操作に間違いがない事を確認します。

この作業を進めていくときにBWに馴染みが無いと
どうしてもDW、UWを気にしてしまう方も多いと思います。
上記シミュレーションでは最終的なDWは57gでUWは20gとなっているので
これまでDW、UWでのタッチウエイト調整に長く慣れ親しんだ方ほど
「軽くなってないじゃないか」と思うかもしれません。
この後の作業で、18.5gと大き過ぎるFを13.0gに下げると
DW51.5g、UW25.5gになります。
Fを11.5gまで下げた場合は、DW50g、UW27gになります。
この作業では「BWそれ自身」を「静的重さの基準(目安)」として扱いますので
BWが「目標とする基準」に到達するよう調整を進めていきます。
今回の作業では目標とするBWを「標準の中のさらに中心値」であるBW38g付近にして
且つFWもシーリング値マイナスにすることが
静的重さの調整のゴールになるので
DW、UWはとりあえず視界と頭の中からいったん横に置いておいて頂き
BWが目標値になるようシミュレーションすると上手くいきます。
左辺で特に重要なのは「BW」と「FW」です。
DW、UWはBW設定後にF処理で解決します。

※BWとFの関係は
書籍「タッチウエイトマネジメントの方法」の21ページから22ページに掛けて説明がされています。

※各鍵盤とFの基準は書籍「タッチウエイトマネジメントの方法」188ページ、
「スタンウッド氏によるフリクションウエイト表」に一覧が掲載されています。

※BWの重さの基準は
書籍「タッチウエイトマネジメントの方法」中村祐司[著]の80ページ、
「5 バランスウエイトと慣性モーメントの目標設定」に説明が記載されています。

またタッチを軽くする方向の作業なので
静的重さと同時に、この後作業していく
「慣性モーメント値を下げる」ことが
弾きやすいタッチを実現することに大きく影響してくるのと
慣性モーメントを数値化して平衡等式と連動して調整出来るのが
この作業の醍醐味です。

 

 

鍵盤テンプレート
スタンウッドの平衡等式に慣性モーメントも連動させてシミュレーションしたいので
鍵盤のテンプレートを作成します。
(鍵盤テンプレートの作成方法は中村さんの書籍「タッチウエイトマネジメントの方法」の
51ページから説明されています)

 

kawai_rx1_19
鍵盤テンプレートのデータを表計算ファイルに入力します。
一段目(A)はオリジナルの状態で、鍵盤固有の慣性モーメント値は27,907gcm2。
二段目(B)は想定最小値で、22,605gcm2。
三段目(C)は最も外側に入れてある鍵盤鉛を抜いて鍵盤鉛調整を行ない24,332gcm2。
四段目(D)は既存の鍵盤鉛の配置のまま、外側の鍵盤鉛をドリルで削り26,031gcm2。
五段目(E)は鍵盤鉛の無い鍵盤のみで17627gcm2。

(C)と(D)のどちらかを選択する事になりますが
作業効率の良さと効果の大きさから(C)の効率的作業を選択します。
外側の鍵盤鉛を抜いて、内側に12mmと10mmの鉛を追加しました。
いくつかの組み合わせを試行した中で
この組み合わせが最もC0Gを理想値に近く出来て
且つFWを目標値に出来て、慣性モーメント値も下げられる位置決めでした。
C0Gを気にしないのであれば、
もう少し慣性モーメント値を小さくすることも可能です。
この辺りは個々のアクションの状態や顧客の要望如何で
何を優先するか臨機応変に対応すれば良いでしょう。
やたらとタッチの重いピアノや
顧客がとりわけ軽快なタッチを望んでいるようなケースでは
慣性モーメントが出来る限り小さくなる位置決めを選ぶと良いです。
鍵盤固有の慣性モーメント値は
オリジナルの27,907gcm2から24,332gcm2まで下げる事が出来ました。

 

BWと慣性モーメント値比較表
ギアレシオの項目を入力すると
最終的にBWは41.5gから38.5gとなり7パーセント軽くなり、
アクション全体の慣性モーメント値は
144,946gcm2から135,680gcm2と6.4パーセント軽減出来る結果になりました。

 

【実際の作業】

 

HSW調整
HSWの調整を行いました。
黒がオリジナル、赤が調整後です。
低音から高音までオリジナルの重さのバラツキ幅が大きかったので
上手く繋げるのが難しい状態でした。
最低音は指標6と軽過ぎるので指標7まで持ち上げて
そこから中音にかけて指標8に繋げ
次高音から最高音までを指標9で揃えました。
オリジナル状態では隣のハンマーと0.7g違うところもあったので
隣り合うハンマーの重さが揃いタッチと音色が揃ってくると思います。

 

パンチング半カットの為の接着剤塗布
バランスパンチングクロスの半カットを行う為に
鍵盤バランスホールの奥側に接着剤を塗布します。
私は「コニシ 木工用ボンド プレミアム 速乾」を使ってます。
先端が極細になっているので狙った部分に塗布しやすいです。
このボンド、中身は通常の「コニシ ボンド 木工用 速乾」と同じなので
プレミアムの先端を外して中身は「コニシ ボンド 木工用 速乾」を補充することで
プレミアムの容器を再利用出来ます。

 

バックチェック重り
鍵盤底面に接着剤を塗布したら
後ろ加重で鍵盤をセットし
白鍵ならし用のバックチェックに引っ掛ける重りを付けて
接着剤が乾くまで放置します。
速乾なので割とすぐ作業に取り掛かれます。

 

後ろ加重で接着されたパンチングクロス
後ろ加重で接着されたバランスパンチングクロスの状態です。
右側が鍵盤後ろ側、左が手前側(弾き手側)です。
バランスパンチングクロスが後ろ加重で僅かに斜めになっているのが分かります。

 

パンチングの半カット
鍵盤底面に接着されたパンチングを中央でカットします。
今回は軽くする方向で作業していますので
後ろ側を残し手前側を取り去ります。

 

ヒールへのシム挿入
ウイペンヒールにシムを挿入します。
軽くする方向の作業なのでジャック側にいれます。
先に細工カッターでヒールクロスを軽くさらって
不要な接着部分を無くしておくと入れやすく任意の位置にセット出来ます。
近年のさほどアールのついていないヒールであれば
それほど厚みのあるシムを入れなくても十分に効果があります。
アールのきついヒールや厚手のヒールクロスが使われているピアノの場合は
少しシムを厚めのものにしないと上手く効果が出ない場合もあるので
その際はシムの厚さを変更して効果を確認しながら進めていくと上手くいくと思います。

カワイRX-1オリジナルの
ウイペンと鍵盤間のギアレシオは1.9
ハンマーと鍵盤間のギアレシオは8.2
でしたが
作業後は
ウイペンと鍵盤間のギアレシオは1.8
ハンマーと鍵盤間のギアレシオは7.7
に低くなりました。

因に同クラスのヤマハ C1Xではオリジナルの
ウイペンと鍵盤間のギアレシオは1.8
ハンマーと鍵盤間のギアレシオは7.6
でしたが
作業後は
ウイペンと鍵盤間のギアレシオは1.7
ハンマーと鍵盤間のギアレシオは7.2
でした。

ギアレシオの違いもヤマハとカワイのタッチウエイトの違いに
少なからず影響していると思われます。

 

オリジナルの鍵盤鉛の配置
オリジナルの鍵盤鉛の配置です。
上から2本ずつ低音、中音、次高音、高音です。
鍵盤鉛が外側に寄せて入れてあるのが分かります。
下から3本目(次高音の黒鍵)と下から2本目(高音の白鍵)では
外側から3個目の鍵盤鉛が2個目の鉛にかなり寄せて入れてあるのが分かります。

 

外側の鍵盤鉛を抜く
HSW調整、SR調整、フリクション処理等全て済ませたら
鍵盤の外側に入れられた鍵盤鉛を抜いていきます。
BW基準の鍵盤鉛調整を行う前に事前に済ませておきます。
削るのではなく押し出して抜きます。
ボール盤と治具を使うと便利です。

 

BW基準の鍵盤鉛の配置
BW基準の鍵盤鉛調整を行います。
一番外側に入れられた鉛を抜いて
新たに内側に鍵盤鉛が入りました。
気になる人は抜いた穴を埋め木しても良いですが
その場合、鍵盤材の質量分、
慣性モーメントが増えてしまうことを考慮する必要があります。
少しでも軽くしたい場合は木の質量分も惜しいので
そのままのほうがタッチは軽くなります。

 

低音の鍵盤鉛
低音のBW基準の鍵盤鉛調整後の状態。
外側に入っていた14mmの鍵盤鉛を抜いて
内側に14mmの鉛を2個入れています。

低音や黒鍵など音域によってはどうしても鍵盤鉛の数が多くなります。
鉛の量(鉛の個数)が増えているので
タッチが重くなるのではないかと思う人がいるかもしれません。
確かに鍵盤鉛の数はオリジナルよりも多くなっていますが
同じFWにする場合、オリジナルの鉛の配置よりも
内側に多く配置したこの状態のほうが
慣性モーメント値は小さくなります。
この事については中村さんの書籍「タッチウエイトマネジメントの方法」の
71ページの図4-6「鍵盤鉛のフロントウエイトと慣性モーメントへの影響の比較」を
みて頂けると理解頂けます。
図4-6の上段と中段の鍵盤は鍵盤鉛は少ないですが
支点より外側に(支点から遠くに)鍵盤鉛が配置されているために
慣性モーメント値がかなり大きくなってしまい、
下段の鍵盤は鍵盤鉛の量は最も多いにもかかわらず
慣性モーメント値をとても小さくすることが出来ています。
いずれの鍵盤もFWは同じです。

 

FWの再確認
今回の作業は時間に余裕があったので
BW基準の鍵盤鉛調整後に再度FWがシーリング値を超えてないか確認してみました。
BW基準で作業を進めていくと、しわ寄せがFWに誤差となって出ます。
測定結果は全てシーリング値を下回っていましたので一安心です。

 

 

作業後はBW38.5g、慣性モーメント値6.4パーセント減で
弾きやすいグランドピアノになりました。
いずれ消音ユニットを取り外せば
整調を基準寸法に戻せるので
もっと良いタッチのピアノになります。

 

グランドピアノの重たいタッチ、標準的なタッチに調整します。
作業のご依頼、お問い合わせは
Eメール info@piano-tokyo.jp までお気軽にどうぞ。

 

渡辺ピアノ調律事務所
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