ヤマハU2 消音ユニットとグランフィールの取外し
ヤマハ No.U2 (SN 1123XXX)をお使いの方から
メールでお問い合わせ頂きました。
20年くらい前に消音ユニットを後付けし
1年ほど前にはグランフィールを後付けしたそうです。
消音ユニットを付けてはいるが今はまったく使ってないとの事。
お声掛け頂いた奥様が子供の頃使っていたピアノで
現在は子供さんがメインで毎日弾いているそうです。
ところがこのピアノ「強く弾かないと音が出ない」そうで
それを改善するのにピアノの先生の勧めもあって
善かれと思いグランフィールも取付けたそうですが
一向に改善しないとの事でこちらに問い合わせがあった次第です。
使ってない消音ユニットは元々取り外そうと思っていたそうなので、私からは次のようにご提案差し上げました。
「消音ユニットとグランフィールを取り外すと弾きやすくなりますよ!」と。
という訳でアクションをお預かりして作業を進めます。
まず消音ユニットの主要な構成パーツの一つ
「消音バー(ストッパー)」が上記写真のダンパーブロックスクリューに当たっていました。
こいつが「消音バー(ストッパー)」です。
正しく、或はちょっとした工夫や加工をして取付けが出来ていれば問題無いのですが、このピアノの場合消音バーの取付け位置が上手く出ておらず、鍵盤が6割、7割ほど下がったあたりからダンパーブロックスクリューが消音バーの裏側に当たって押し付ける格好になっていました。
「強く弾かないと音が出ない」事の原因の一つはこれです。
(このピアノの場合以下に述べるように、これだけではなく複合的に問題が重なっています)
白いフェルトと黒いクロスの貼ってあるレールが消音バーです。仕組みはとても単純で、ピアノの生音を出したくない時はレバーを引くと、消音バーが手前(弾き手側)に倒れ、ハンマーシャンクを強制的に押さえハンマーヘッドが弦を叩かないようにするというものです。
ただこのままだとレットオフ(ハンマー接近)が基準寸法(低音3mm、中音2.5mm、高音2mm)のままでは、ジャックが脱進する前にシャンクが消音バーに当たってしまいシャンクが折れてしまいます。
そこで消音ユニットを取付けたピアノは
消音バー都合でレットオフを基準寸法外に
かなり広くとる事になります。
このピアノの場合、レットオフは5mmから10mmになっていました。レットオフ寸法は0.1mm単位でタッチと音色に影響が出る整調工程で、これが5mmも10mmもあったのではピアノのタッチと音は破綻してしまいます。
消音ユニットでは鍵盤の下(棚板部分)に
光センサーを取付けます。
このピアノのユニットは旧式のもので
アクチュエーターと呼ばれるツメが常に鍵盤の底に触れているタイプのもの。
これがまたカシャカシャといった雑音の発生源になってしまい上手くありません。
使ってないし、タッチは悪くなるし、雑音が出たりと良い事がない消音ユニットを取外しました。
「吸わない、五月蝿い、充電すぐ切れる」でお馴染みの
ダイソンの掃除機でどうにかピアノ内を掃除します。
消音ユニットが取り外され、掃除もして
棚板がスッキリしました。
続いてグランフィールを取り外します。
ジャックの手前にあるのがグランフィールのレペティションスプリング。鍵盤を下ろす前がこの状態です。
鍵盤を下ろしたときはジャックが手前に倒れ
同時にレペティションスプリングがジャックを元の位置に戻そうと必死に抵抗します。
パワーのある弾き手であればスプリングの力を意識することなく弾けるのでしょうが、手指が小さく力もあまりない子供さんの場合、このスプリングの力に負けてしまい鍵盤を完全に底まで下ろすことが出来ない場合があるかもしれません。
特に弱い打鍵でありながら鍵盤はしっかり底まで下ろそうというような弾き方をしようとした場合などは。
そうするとジャックが脱進しきれずにハンマーはリバウンドしてしまいます。
これってピアノの整調の観点からはあまり上手くない状態ですよね。
例えばジャックストップレールの前後位置は一般的にジャックが脱進しきった時との隙間を紙一重に揃えるものです。
もしジャックストップレールがセンターレール寄りにセットされジャックに触ってしまうとハンマーがリバウンドしたりタッチが重くなってしまいます。
あるいは安価な中国製ピアノなどで見受けられる、ダンパースプリングの強すぎの状態。
ダンパースプリングが強過ぎるピアノも、ダンパーが掛かりはじめるまでは鍵盤がスムーズに下りていきますが、ダンパーが掛かりはじめると弱い打鍵ではダンパースプリングの力に負けてしまい鍵盤を完全に底まで下ろせずにやはりハンマーが2度打ちしてしまう。
グランフィールのレペティションスプリングは、グランドのそれを再現しようとしたものですが、グランドピアノの場合レペティションスプリングに加えサポートレバーが付いているので、こういった問題が起きません。
グランドピアノの鍵盤は、静加重を計るときのような動き、すなわち超スローに鍵盤を下ろす時こそカクンとクリック感(一定の抵抗感)が感じられますが、演奏で使われるようなスピードで鍵盤が下りる時には、ストレスなく鍵盤が底までストンと下りてくれます。これはサポートレバーの恩恵です。
グランフィールではサポートレバーが付いていない為に
鍵盤が底に向かえば向かうほど、スプリングの力が強く効いてしまいタッチが重くなり、タッチ感もモッチリ、ネットリしてしまうのです。
このピアノの場合、鍵盤が下りる際に初動からレペティションスプリングがジャックに触れていましたので、鍵盤の上げ下ろしの際、終止バネの存在を感じるタッチになっていました。
今回はこのスプリングを取り外します。
この辺りの改善はグランフィール考案者さんの今後の開発を期待します。
グランフィールではレペティションスプリングとは別にショット&ドロップスプリングというスプリングも追加します。
上記がそれですが、見ての通り前に後ろにと位置がバラバラで、あるものは強く効いていて、あるものはほどんど効いてない状態でした...
このスプリングも取り外します。
グランフィールが付いていたピアノのハンマーバット。
あれ?バット加工がされていません。
グランフィールの取付け作業の中にはバット加工という工程があるのですが、このピアノではバット加工がまったくされていませんでした。
なんだかなぁ...
消音ユニットとグランフィールを取り外したら
アクションの問題を解消していきます。
ハンマーのトルクをチェックすると、いわゆるスティックぎみになっている箇所やトルク不足になっているハンマーがあるので、フレンジのトルクを揃えるためにセンターピンを交換しました。
色々取付けるのも良いですが、大元がきちんと動作していないとねぇ...
それからこのピアノ、バットフレンジコード(バットスプリングコード)が交換されているのは良いのですが妙に短い...
これだけ短いとバットスプリングが本来の性能を発揮してくれないので全て交換する事にしました。
バットフレンジコード(白いひも)を正しい長さで全て交換しました。
ウイペンヒールクロスは黒鉛がたっぷり付いた上から
テフロンパウダーが塗布されていましたが
黒鉛を落としていないので、テフロンがクロスに定着せずに効果が得られていませんでした。
ヒールクロスの黒鉛を綺麗に落としました。
このあと凹んだ部分にフェルトトリートメントを浸透させて、潰れたフェルトを元に戻し、それからPTFEパウダーを施工します。
上手く撮れなくて非常に分かりにくいですが
バットスキンのジャックが待機している部分が潰れて凹んでいました。ジャックの頭が凹んだ位置からスタートするので、ジャックは段差を乗り越えて行かねばならずタッチが重くなってしまいます。
バットスキンを整形してジャックの動きを妨げないようにしました。
整形したらここにもPTFEパウダーを施工します。
ハンマーレールクロスはよく弾くキーは多く潰れて、使用頻度の低いキーはそうでもない状態。
打弦距離が揃えにくいので交換する事にしました。
ハンマーレールクロスを新しいものに交換しました。
私の場合、消音ユニットを取付ける等の場合には
必ず取り外したオリジナル部品はお客様にお渡しして保管して頂くようにしてるのですが、このピアノに20年前に消音を取付けた方は、ダンパーストップレールをお客様にお渡ししていなかったようなので、純正のストップレールを取り寄せて再現する事になりました。
ダンパーストップレールを固定するブラケットのネジ山が、消音ユニットの変なピッチのネジで潰れていたので、タップを切り直しました。
無事にダンパーストップレールが取り付きました。
アクションの裏側からだと
交換したハンマーレールクロス、磨かれたダンパーロッド等の様子がよく分かりますね。
スプーンも磨いて潤滑してあります。
アクションの中から破損したバットフレンジが出てきました。
このピアノ、2ヶ所バットフレンジが新しいものに交換されているのですが、そういう事だったのね。
こういうのを残したままだと雑音の原因にもなりますので要注意です。
グランフィールパーツの取外し、消音ユニットの取外しが済んだら、アクションを納品して整調作業です。
打弦距離は46mmに調整。
あっコーヒーありがとうございます!
鍵盤あがきは11mm以上あります。
これでは弾きにくいですね。
おっとお昼を用意して頂きました。
奥様が関係するところのハンバーグ弁当だそうで
とても美味しかったです!
深過ぎる鍵盤あがきを10mmに調整します。
88鍵、働きが均一になるように調整します。
お茶、ありがとうございます...
どうぞお構いなく...
5mmから10mmもあったレットオフを
基準寸法に調整します。
消音ユニットは、とっても重要なこの寸法を台無しにしてしまうのです...
取り外してピアノも喜んでいる事でしょう...
キーピンはそれとなく磨かれていましたが
気に入らないので、再度磨き直しました。
ペダルは錆びて曇っていました。
気になりますね...
気になったら最後、結局磨いてしまいました(笑)
整調を入念に仕上げ、ピアノも綺麗にして
グランフィールの取外しと消音ユニットの取外しが完了しました。
奥様と子供さんに弾いて頂いたところ
「弾きやすい!」と、とても喜んで頂きました。良かった!
取り外したグランフィールパーツは
念のためお客様にお返ししました。
おそらく再度取付けることはないでしょうが...
ピアノに何かを取付けるという事は
得られるものもある一方で、失うものもあるという事です。
余計なものを取付けなくても
きちんと不具合を処置して、基準寸法で整調すれば
アップライトピアノはとても弾きやすくなります。
以上、消音ユニットとグランフィールを取り外したら、すごく弾きやすくなって、とても喜んでもらえましたというお話でした。
消音ユニットの取外し、グランフィールの取外し、修理、整調、承ります。
まずはご相談ください!