調律について
ピアノの調律って何?
「ピアノの調律ってなに?」って聞かれたなら、ものすごく分かりやすく言えば「弦を張ったり緩めたりして正確なドレミファソラシドを造る作業」です。
やる事はそれだけです。
ということは調律をして音律は正確になっても、ピアノの弾き心地は良くも悪くもなりませんし音色も変化無し、不具合も解消しません。
後述しますがタッチは「整調」で、音色は「整音」で。不具合は「修理」で行う必要があります。
※厳密にはそれぞれの作業が影響し合っているのですが、分かりやすくする為にここでは簡潔にご案内することとします。
現代の調律では49Aに音叉やチューナーから正確な基音「A音(標準ピッチは49A=440Hz)」を移し、33Fから44Eに平均に割り振って12平均率の「F、F#、G、G#、A、A#、B、C、C#、D、D#、E」をつくり、それを低音側と高音側にオクターブで広げていきます。
ピアノの弦は最低音では1本張りなのでオクターブを移せば完成します。
しかし低音の弦は1つの鍵盤に2本張り、中音から最高音までは1つの鍵盤に3本の弦が張ってありますから、オクターブに加えて2本ないし3本の弦を同じ高さに合わせる「ユニゾン」という作業も行わなければなりません。
ユニゾンの合わせ方ひとつで音の立ち上がりや音色も変化します。
音の立ち上がりはタッチ感に影響します。
つまり整調とも関係してきますし、音色の変化は整音にも関係します。
例えばみなさんが一点ハの鍵盤を叩いた時「ド」と認識しますし、実際そのように聴こえます。
調律師は、みなさんが聴いている「ド」の上に同時になっている2倍音、3倍音などの倍音を聴いて音律を造ります。
いろんな鍵盤を弾いてみて、同時になっている倍音が聴き取れるか試してみるのも面白いと思います。
最低音(1Key、A)は27.5Hzから、最高音(88Key、C)の4186.009Hzまでの振動数をカバーします。
近年殆どの場合、平均律(Equal Temperament)で調律します。
平均律での調律の他に、中全音律(ミーントーン)、ヴェルクマイスター、キルンベルガー、といった古典調律もあります。
日本では1948年(明治23年)に49A=440Hzを導入する以前は、49A=435Hzを標準としていました。
調律(チューニング)作業自体には、さほど多くの工具は必要なく、音叉、チューニングハンマー、ウェッジ類を使用します。
工具バッグの中は、それらよりも多くの整調・整音工具や修理工具が詰まっています。
チューニングするだけならカバンも小さく軽くていいんでしょうけどね、現実はそうも行きません。
作業を進めている途中で、さまざまな不具合が見つかる事もあり、一旦調律を中断して整調や修理を見直した後、チューニングを再開することも少なくありません。
作業中にピアノの音が聞こえなくなったならば、決してさぼっている訳ではなく、もっと大事な作業をしている事が多い筈です。
とあるマイスターの鞄はとてもコンパクトであることで知られています。
経験を積んだ技術者の方は工具の軽量化、工具の二個一、三個一といった術を身に付けているんですね。
私はまだその域には達していません、見習わなくては...
ギターやバイオリン等の弦楽器と同様に、ピアノの内部には弦が張ってあります。
ピアノに使われる弦は炭素鋼で出来ており、1本が80〜90キロ、その本数は全部で220〜230本もあり、16〜20トンものとてつもない張力が常に掛かっているのです。
他の弦楽器に比べものすごく高い強い張力で弦が張ってあるので、ほんのわずかな弦の緩みや張りが、かなりの狂いとなってしまう非常にデリケートな楽器です。
ピアノは定期的に調律が必要な楽器です。
実際の作業は、弦の一端が巻きつけてあるチューニングピンを、チューニングハンマーという道具で締めたり弛めたりして、88鍵を音楽として成立する音律に仕上ます。
ピアノは、弾かずに置いておくだけでも少しずつ音律が狂ってしまいます。
音律が狂う原因として、
- 温湿度の変化(湿度(しつど)の影響がとても大きい)
- 使用状況
- 設置環境
などがあります。
頻繁にメンテナンスを必要とするのを「手が掛かるなぁ」と思う人がいるかもしれません。
「湿度の管理?なにそれ面倒...」って感じますか?
一方で現代、私たちの身の回りはデジタル家電に囲まれ、なんだか気が休まりません。
超アナログで日常的な湿度管理が必要。
頻繁にメンテしないとベストな状態を保てないアコースティックピアノって、なんだかちょっと良いと思いませんか?
ピアノはオブジェではなく音楽を奏でる「楽器」ですから、せっかく良いピアノをお持ちでも、音律が狂っていては音楽として成立しません。
正確な音律にしてあげる事で、はじめて鍵盤楽器「ピアノ」としての魅力を発揮するのですね。
私達「人」が定期的に健康診断をするように、車に車検があるように、ピアノも定期的なメンテナンスを欠かさない事が大切です。
調律の頻度ですが、コンサートホールのピアノのように演奏前に毎回出来ると理想的ですが、一般家庭ではそうもいきません。
せめて年に1回、できれば半年に1回程度出来れば理想的です。
音の狂いが気になりやすい人は年に3回、4回なさる方も居られます。
音律の狂いの気になり加減は本当に個人差が大きいです。
どれくらいの頻度でメンテするかは決まり事がある訳ではなくて、ご自身の気になり具合で決めてください。
一方で「今は誰も弾く人がいない」などの理由で積極的にメンテナンスをする意味を見出せない人たちもいる筈。
その人達の気持ちも私は尊重したいと思います。
「またピアノ弾きたいな」「子供がピアノを習いはじめるので」など、何かのタイミングで必要になったらその時にお声かけください。
精一杯、良い音にしますので!
ピアノの調律にかかる作業の時間は、同じ調律師さんが定期的に作業しているピアノであれば2時間前後といったところでしょうか。
10年以上調律していないようなピアノ、もしくは半年前に調律したばかりなのに湿度管理が上手くないためにピッチが25centも狂ってしまったようなピアノは、3時間かそれ以上の作業時間を必要とするするかもしれません。
これに加えて整調の時間、整音・小修理などが必要なピアノはさらに時間がかかります。
掃除機をお借りしてピアノの中の掃除もしておきたいので、作業時間はどれだけあっても困りません。
たまに「まったく調律しないとどうなるの?」と質問されることがあります。
1年、5年、10年、30年、メンテナンスしない場合は
- 少しずつ音程が下がっていく(下がらない場合もある)
- 整調が乱れていく(変化のない場合もある)
- 整音が乱れていく(変化のない場合もある)
- 気づかぬうちにフェルトやクロスが虫害による被害を受ける場合がある(被害のない場合もあり)
- 少しずつ金属部品の錆が進行している場合がある(錆の出ないケースもあり)
- 再び調律する時に何本か弦が切れるリスクがある(切れないこともあり)
- etc
メンテナンスしない期間が長くなるほど色々と問題が出ることがありますね。
必ずこうなるという訳でもないのが生楽器だなーとも思います。
もしピアノを弾かない期間があったとしても定期的なメンテナンスだけはしておけば、内部清掃の際に早期に虫害を発見し対処できますので被害が最小限で済むことでしょう。
金属部品に今まで無かった錆を見つけたなら、早い段階で対策が出来た筈。
一方でたまたま良い条件下に設置されていたことで錆も虫害もないピアノもあります。
「調律をしなくなる直前までは20年近く定期的にメンテしていた」なんてピアノの場合、ほとんどピッチが下がっていないピアノも見かけます。
アコースティック楽器の場合は「必ずこうです」というのはないんですね。
昨今よくあるシチュエーションは、
- 自分が子供の頃に使っていた実家にあるピアノを、現在の住まいに持ってきて子供に弾かせる
- レッスンが嫌で弾かなくなったピアノだったけど大人になってまた弾いてみたくなった
- 子供が社会人になって家を出て行き残されたピアノ。大人の手習ではじめてみたい
- 社会人となりしばらく忙しかったけれど、30代も過ぎて自分の時間が作れるようになったのでまたピアノを再開したい
- etc
もう弾くことはないだろうと思っていたピアノ、結構な割合でまた日の目を見ることが多いです。
ピアノを使わない期間も定期的なメンテナンスをしていたピアノは、再度使いはじめたいという時にすぐに快適にお使いいただけます。
一方で弾かなくなったと同時にメンテナンスもしなくなったピアノは、運が良ければ何も手を入れずに使えますが、運悪く多湿や過乾燥の影響、虫害や錆の進行があると、部品の交換や修理に費用や時間がかかることもあるでしょう。
このあたりはピアノの持ち主さんの考え方次第ですね。
「誰も弾かないんだからメンテなんかしないよ」って気持ちも分からなくもないです。
さて、作業を技術者にお願いするのではなくて「自分で調律する派」というマイノリティーがいます。
中音セクションのユニゾンの狂いをご自分で調律してしまう器用な方も稀におられますが公にはオススメしません。
チューニングピンは金属ですが、チューニングピンが埋まっている相手はピン板と呼ばれるカエデやブナの積層の木です。
そのためチューニングハンマーの操作が上手くないと、チューニングピンが埋まっている穴を広げてしまい余計に調律が狂いやすいピアノになってしまう恐れがあるのです。
「調律を頼みたいんだけど、いつが空いてますか?」とメールをいただくことが多いです。
お伺いできる日は「お申し込みフォーム」で確認出来るのでそちらをご覧ください。
初めて作業を頼む人にとっっては作業にどれくらい費用がかかるのか心配ですよね。
作業の目安となる費用は料金ページを参考になさってください。
整調
整調(せいちょう)は主にタッチに関係する調整です。
弾き心地、鍵盤のコントロール性に関係する調整とでもいいましょうか。
整調はピアノにとって、調律と同時進行で行う必要のある大切な作業です。
「ピアノの調律」の項でご案内の通り、「調律」は弦を張ったり緩めたりして正確で綺麗なドレミファソラシドを作るだけの作業です(分かりやすくするためにここではそういう事とします)。
「調律」作業では鍵盤からハンマーに至るまでの主にタッチに関わる調整は何もしていないのです。
「整調」では調律で触っていない鍵盤からアクションまでの調整を主に行います。
「音が出ない・出にくい」、「鍵盤の動きが悪い」、「ハンマーが2度打ちしてしまう」「タッチが重い、軽い」「トリルがし難い、連打し難い」「ピアニッシモを出そうとして音抜けする」等は、整調が正しくない場合に起こります。
主に鍵盤からアクションまでのメカニカルな機構の動作を、88鍵均一な動作となるよう調整する作業です。
ピアノは主に木やフェルト等の自然素材で構成されています。
これらは一度きちんと整調したとしても、日々の演奏による部品の消耗や温湿度の変化などにより、基準寸法から少しずつずれてきてしまいます。
その為、ピアノは調律と同時に必ず整調を見直してあげる必要があるのです。
整調は主にタッチに影響する工程ですが、音色にもかかわっているので整音作業の一部と考えることもできます。
実際の整調工程は
- ネジ締め
- 鍵盤調整
- 打弦距離
- ハンマー間隔弦合せ
- ウィペン間隔直し
- から直し(ロストモーション)
- キャプスタンボタン調整
- 鍵盤ならし
- 鍵盤間隔直し
- ブライドルワイヤー左右調整
- 鍵盤あがき
- ハンマー接近(レットオフ)
- 働き調整、ハンマーストップ
- ジャックストップレール調整
- ダンパー総上げ
- スプーン掛け
- ダンパーレール調整
- ペダル調整
等々です。
グランドピアノにおいてはその他、- ベッティングスクリュー調整
- サポート合せ
- ジャック前後(上下)調整
- ハンマーならし
- ハンマードロップ
- レペティションレバースプリング調整
等があります。
グランドピアノでは、とくにその特徴の一つである、いわゆるアフタータッチを均一に揃える上でも、整調は欠かせない作業です。音色もさることながら、ピアノのタッチ感に非常に影響があります。
日本のように多湿~過乾燥といった極端な気候ですと、調律してから半年後(反対側の季節)には、極端に整調が乱れている場合が多いため、常に整調には気を配ります。
調律(チューニング)に時間を掛けるのも大切ですが、寧ろそれ以上に整調に時間を掛けたいものです。
ピアノ内部は木やフェルトといった天然の材質のもので構成されていますが、これらは湿度の変化で驚くほど寸法がが変化します。
長年調律(整調)をしていないピアノは音律はもちろんのこと、著しく整調が乱れていることが多いです。
しばらくメンテナンスをしていないピアノをお使いの方は、一度調律師さんにピアノ全体をチェックしてもらうことをお勧めします。
整音
整音(せいおん)は英語では Voicingと言い、ピアノの発声を綺麗な声の出し方にしてあげる作業です。
ざっくり言えば音色の調整です。
たとえ調律をしていないピアノでもとりあえず音は出ます。
しかしピアノは音楽を奏でる楽器ですから、とにかく何でもいいから音が出れば良いという訳にはいきません。
ガラガラ声のピアノの音は聴くに耐えません...
そこで音色に特に影響のあるハンマーを中心に、ピアノの音、正しい発声になるよう整音作業を施します。
私が整音を行う時に気を付けていることは、母音が感じられる発声になるように。
それと落ち着いているのに華やかさも同時に持ち合わせた音色になるように意識して整音しています。
以下は実際の整音の様子(ヘッドホンで聴くことを推奨します)
- before -
整音せずに何年も弾き続けたヤマハC5。ハンマーはガチガチに硬くなって、耳が痛くなるような音色に... pic.twitter.com/FlNvIRuOyu
— 渡辺ピアノ調律事務所 (@pianotokyo1) April 27, 2023
- after -
【ヘッドホン推奨】-スマホの動画では分かりにくいシリーズ-
— 渡辺ピアノ調律事務所 (@pianotokyo1) April 27, 2023
整音後。整音前と比べ、音がふっくらしています。落ち着いた音色でありながら明るさも損なわないように仕上げました。イメージとしては”しっかりと出汁が効いてる”そんな感じです。作業前の動画と比較していただくと分かりやすいかと pic.twitter.com/QVF8pJduT9
ピアノの内部は消耗品の集まりですので、ハンマーも例外なく日々の演奏により消耗します。
多湿や過乾燥といった劣悪な環境下に長年置かれていると、仮に未使用のハンマーであっても弾力を失い劣化します。
このような望ましい状態ではないハンマーを、ピッカーやファイラー、硬化剤、軟化剤等を使い理想的な状態へと仕上げてあげることで、のどで歌うのではなく、お腹から声を出すようにしてあげます。
整音は、調律や整調とも関係してますので、作業の際には調律だけではなく、整調・整音も平行して行う必要があります。
修理
ピアノ内部は消耗品の集まりです。
その為、調律だけでは無く、部品交換や修理を必要とすることがあります。
「弦が切れてしまったので新しい弦を張る」これも修理ですし、「雑音が出ているのを解消する」のも修理。
ピアノを弾く方の中には、音が出ない(出にくい)、鍵盤が下がったまま上がらない等の症状を経験したことのある方も少なくないと思います。
どれだけ定期的に調律していても、生楽器であるピアノは、調子を崩すことがあります。
例えば、人間でいう「関節」に相当する「フレンジ」という箇所が、一つの鍵盤に対し複数あります。
このフレンジのどれか一つでも動きが悪くなっていると、途端に音が出にくくなったり、鍵盤の動きが悪くなってしまします。
フレンジの例えはほんの一例で、他に不調の原因となる箇所が多数あります。
しかしピアノは修理が可能な楽器ですので、一部が調子悪いからと言って買い替える必要はありません。
調子の悪いところは、そこだけ修理が可能です。
日々の小修理・中修理以外に、ピアノが納品されてから60年、70年も経ったピアノは、弦やハンマーその他諸々の消耗品も賞味期限切れとなりますので、引き続きピアノを快適に使う為にはオーバーホールという大修理も必要となります。
オーバーホールを行う場合は、ピアノ本体を修理工房に預けて、長期間かけて消耗品を全て交換します。
修理を終えて戻ってきたピアノは概ね新品状態に蘇ります。
オーバーホールは費用や時間がかかりますが、それだけの価値があります。
国産新品ピアノの音が、昔のピアノと比べ見劣りする時代なので、昭和のピアノをオーバーホールすることに十分な価値を見いだせます。
ピアノは次の世代へ引き継いで使え、長く共に出来る素晴らしい楽器です。
定期的なピアノのメンテナンスを欠かさず、不具合があれば修理をして、出来るだけ長く使って頂ければというのが私の願いです。
The author is Masami Watanabe
ピアノや調律に関するご質問は、
お気軽に渡辺宛 info@piano-tokyo.jp までお問い合せください。