ハンマーのファイリングってどんな作業?何のためにするの?
ピアノのハンマーフェルトは何度も弦を打つことで、フェルトの先端が弦に押し潰され変形していきます。
ハンマーの弦と接する面には「弦溝(げんみぞ)」と呼ばれる弦の跡が付いていき、次第に深く長い溝になっていきます。
消耗し変形したハンマーフェルトは、理想的な形に戻してあげる作業が定期的に必要です。
具体的にはハンマーのフェルトを削って整形するのですが、この作業を
ハンマーのファイリングといいます。
私たちピアノ調律師の間では、俗に「ハンマーを剥く」とも言ったりします。
ハンマーに弦溝がつくと何が問題なのでしょう?
ハンマーフェルトは新品の時には綺麗な卵型をしています。
ハンマーの先端が曲線なので弦と当たる面も「点」で接することになります。
ハンマーは面ではなく出来る限り「点」で弦と接することで、倍音を多く発生させ綺麗なピアノの音色を出すことが出来るのです。
新品の時は弦の溝が付いていなかったまっさらなハンマーも、幾度となく弦を叩いているうちにハンマーフェルトの先端は打弦により押し潰されていきます。
納品されて間もない頃は、ハンマーフェルトの先端に「ほんのり弦の跡がついてるな」くらいからスタートして、次第に弦の跡が「線状」に深く付いていきます。
さらにそのまま弾き続けていくと、ハンマーの先端には深々と弦の溝が線状に刻まれます。
山切りカットの歯ブラシというのがありますが、最終的にはあんな感じになります。
こうなるとピアノは綺麗な音が出せなくなります。
ハンマーヘッドの先端に深い線状の弦溝が入った状態になると、点ではなく面で弦を叩くことになります。
打弦するときに弦と接する面が多くなりますので、綺麗な倍音を出すことが出来なくなり、ピアノが良い音色を出せなくなってしまうのです。
また弦溝は、面で当たってしまうことだけが問題なのではありません。
弦溝の部分は打弦によってハンマーフェルトが押し潰されていますので、フェルトが硬くなり弾力を失った状態にもなっているのです。
弦を打つハンマーフェルトには必要な弾力を持っていて欲しいのです。
ピアノの弦に硬いゴルフボールを当てた時と弾力のあるゴムボールを当てた時を想像していただければ、何となくイメージ出来るのでは無いでしょうか。
ゴルフボールを弦に当てた音は硬くキツい音が鳴り、そう長い時間は聴いていられないことでしょう。
また深い線状の弦溝が入った硬いハンマーフェルトで打弦することは、断線(弦が切れる)の原因にもなります。
深く弦溝の入ってしまったハンマーフェルトの問題を解消するのがハンマーのファイリングです。弦溝は完全に取り除かずにうっすら残すというファイリング方法もあります。
実際のファイリング作業
弦溝を頂点としてハンマーフェルトを剥くことで、ハンマーヘッドは一回り小さくなってはしまいますが、先端が直線ではなく曲線を持ったハンマーの形に戻すことが可能になります。
面で打弦していたハンマーの先端が卵型の曲線になることで、点で打弦するようになるので綺麗な音が出るようになるんですね。
ハンマーをファイリングする事で得られるメリットはもう一つあります。
経年変化でハンマーが左右にずれてしまい、弦の真正面で打弦せずに右にずれたまま打弦したり、ハンマーが弦の左に寄って打弦している状態のピアノは珍しくありません。
ハンマーは弦の真正面で打弦すると最も効率が良く、鳴りがよくなります。
ハンマーが左右にずれて打弦していると、本来の鳴りが発揮されないんですね。
じゃぁ!という事でファイリングしないままハンマーを真ん中に修正すると、今まで左右に寄ったまま打弦して付いた「弦溝の谷間(斜面)」で弦を打つような事が起きてしまったり、ハンマーを弦の真正面に位置修正したら、これまで全く弦の当たっていなかったフェルト部分が弦と接する位置に来ると、隣や周辺のハンマーと鳴りが大きく違ってしまったりと不都合が多く出てきます。
ファイリングされてハンマーがの先端に弦溝が無い状態であれば、ハンマーをきっちり弦のセンターに修正できるようになるのです。
ファイリングしてハンマーの表面に弦溝が無い状態になると、全てリセットされて真っ新な新品のハンマーと同じ状態になるかというと、そうは問屋が卸しません。
ファイリングされて弦溝が無くなっても、かつて弦溝の付いていたハンマーフェルトの内部は打弦によりフェルトが圧縮され硬くなっているのです。なのでファイリングだけ済ませて「はい出来上がり!」とは行かず、整音針による針入れ等の音色の調整が必須なのです。
「なんだハンマーのファイリングって良いことばっかりじゃん!」と思うかもしれませんが、良い事ばかりではありません。
ピアノのハンマーヘッドは弦を打つときに、弦に対して概ね直角で当たるように設計されています。(厳密には角度は微妙に色々とあるのですが、ここでは便宜上、直角ということで話を進めます)
ハンマーをファイリングするということは、ハンマーヘッドが一回り小さくなりますよね。
軽度の弦溝が付いたハンマーに、初回のファイリングをしたくらいでは影響は少ないかもしれません。
が、2回、3回と繰り返しファイリングされたピアノのハンマーヘッドは、新品の時と比べると相当小さくなっている筈です。
ハンマーフェルトを剥いてハンマーヘッドが全体に小さくなったということは、ハンマーの全長も短くなっているという事です。
そうすると弦に対し直角で打っていたハンマーは、長さが短いために90度を超えて「お辞儀をして弦を打つ」格好になってしまいます。
ハンマーがお辞儀をして打弦すると効率が悪く、良い音が出なくなってしまうのです。
そこまでハンマーが小さくなると「ハンマー交換」という作業を検討しなければなりません。
ハンマーをファイリングすることは弦溝絡みの問題を解消するには一つの解決策だけれど、度を過ぎるとハンマーの全長が短くなり打弦効率が悪くなるというデメリットもありますよって事です。
「じゃぁハンマー交換すればいいじゃん!」と思う人もいるかも知れません。
しかしお調べ頂くと分かりますが、ピアノのハンマーを全交換するとなかなかの金額なのです。
そのため調律師の判断、作業の進め方がとても重要になってきます。
高額なハンマーヘッドをいかに長持ちさせるか?
一般家庭のピアノというのは普通、消耗品の交換頻度を少しでも先延ばしにしてコストがかからないように維持したいと考える事でしょう。
ですから何でもかんでも「弦溝。はいファイリング!」というのではなく、どのタイミングでどの程度ファイリングするかを慎重に考えながら、長期的な視点で調整に着手する必要があります。
ハンマーのファイリングに着手する場合、普通は調律師さんがピアノの状態を見て判断します。
ピアノの状態を拝見して「今こういう状態でこのように上手くないので、こういう作業をすると良くなりますが如何ですか?」と技術者から顧客に提案するのが一般的です。
しかし最近はウェブでピアノの情報を得る機会も増えたためか、「どこそこのホームページでハンマーをファイリングするとピアノの音が良くなると書いてあった」と言って、顧客の意向でファイリングを頼むケースがチラホラと見られるようになってます。
で、その結末はというと「調律師さんにファイリングをお願いしたのですが音が変な風になってしまいました。元に戻せますか?」なんてお問い合わせが年に何件かあるのが現状。
ファイリングしたら音が変わって当たり前です...
ファイリングはハンマーヘッドの弦溝を取り除き、形を綺麗にするまでの作業で、ファイリング以外に、ピッカーによる針入れやコテ当て、硬化剤、軟化剤なども時には使用して音を造っていくものです。
ファイリングの仕方の違いでも、出来上がる音色は変わります。
ファイリングは「整音」作業の一部に過ぎませんので、「ファイリングだけして針入れはしてない」なんていうケースだと音は荒れて散らかったものになります。そういったことをきちんと念頭において、ファイリングに限ったことではありませんが調律師さんとよく打ち合わせをして作業を進めていきましょう。
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The author is Masami Watanabe (from www.piano-tokyo.jp)